日常のなかのトラウマ的妄想

ご先祖さまが虫の姿で帰ってくるよ。

諸説あるお盆に殺生してはいけない理由について、わたしは子供の頃にこう教えられた。
親戚の集まるお盆休みの食卓には肉も魚も並んでおり、虫だけが特別扱い。
…虫以外の殺生について無頓着だったのは地域性だろうか。

昨晩のことである。
脱衣場の隅っこに小さな蜘蛛がいた。
じっと動かないから息を吹き掛けてみたところピョンと跳ねる。

どうしたものか。
家に住む小型の蜘蛛は益虫ときいたことがあるから放っておいてもよい気がする。
けれどこの蜘蛛の存在に気づいたのは幼い娘で、まだまだ理性が十分に備わっていない娘が何をしでかすかわからない。
現に狙っている、この蜘蛛を。

そう思ったわたしはティッシュペーパーを二枚手にとって蜘蛛に近づく。
ふと、お盆の禁忌、が頭を掠めた。

虫の姿をした虫ではない者。

カフカの変身じゃあるまいしと一笑に付すのは簡単だけれど、子供の頃に刷り込まれたそれは畏怖の念を伴って心に沈殿している。

ぺしゃんと潰すことは許されない。
そーっと、そーっと。
悪戦苦闘しながらも蜘蛛をティッシュペーパーにのせることに成功、屋外に放った。

あれが本当にただの蜘蛛なら、外敵がいようとも力強く外の世界を生き抜くことだろう。
もしも別の何者かならば、人生初のサバイバルに苦戦するかもしれない。

と、ここまで書いて蜘蛛は昆虫ではないなと気づくけれど広義では虫だよねと自分を甘やかして、最後にあの蜘蛛の健闘を祈ろう。

幸多からんことを!