意味のないものなどない

アレルギーとは免疫機能の過剰反応である。
人体とは数十兆個の細胞によって構成されている。
わたしは春が好きである。

これらについて、辻褄を合わせたい。

人体(人類)とその細胞はゆるやかに変化していて、その変化は環境や生存本能によってもたらされる進化なのだとして、そうやって進化しているうちに、あ、こっちに適応させた結果こっちに合わなくなっちゃったけどこのくらい我慢かな、免疫機能で何とかなるよね、全部都合良くはいかないし、何かを得るなら何かをあきらめなくちゃ!って感じで、昔の人にとってはまったくの無害だったはずの花粉が、いつの間にやら有害、とまではいかないにしても、人体にとって好ましくない、くらいの存在になっちゃってたりしないだろうか?

これから100年とか200年とか経って、なんだったら500年くらい経って、もっと医学も進歩して人体の謎についても解明が進んで、ある時、花粉が人体の健康に影響を及ぼすことが判明、花粉症は正常な防衛反応だった!とかって学会で発表されたりしないだろうか?

冬も終わり、春に片足を突っ込む。
立春ならとっくに過ぎた。

無意味だとされながらも止まらないくしゃみ、流れ出る鼻水となみだ。
結構重度な花粉症患者のわたしとしては、ただの過剰反応だというこの不条理が鬱陶しくて仕方がない。