またひとつ、歳をとる

屋上駐車場、絶壁にて。

父が用事を済ませる為に車の運転席を離れ、助手席でおとなしく留守番する私。
エンジンは切られているが、キーは刺さったままだ。
うつむいてぼんやりしていると、ふと感じる違和感。
おや?と思って顔をあげ、更におや?と思って目だけでチラと横を確認する。

窓越しに見えるのは極めてゆっくりと、けれど確実に後方へと流れていく景色。

う、動いてる、車!

パニックになる私はどうやったら車を止めることが出来るのかを知らない。

のろのろと動き続ける車。
前方に迫り来るフェンスは先ほどまで頑丈そうであったくせに、今はなんとも頼りない。

どうしようどうしようどうしたらいい??
このままじゃ落ちる!
落ちてしまう!!

…という夢を幼い子供の頃よく見ていて、それはやがて、現実に車に載っているときに浮かぶ妄想へと変わった。
背筋がすっと冷たくなる。
大人になった今、勝手に車が動き出す状況じゃないとわかっていても、ふとこの妄想に取り付かれることがある。
あり得ないとわかっていても繰り広げられてしまうから厄介なのだ。

うぅん…。万が一そんな状況になったらどうしようかなぁ、どうやったら止められるかなぁ、ブレーキ、ブレーキってどっち?あ、サイドブレーキ??
いやぁ無理だわ、対応出来る気がしないわ。

と、もにょもにょ考えながら眺める葉書には、
「運転免許証の更新のお知らせ」
宛名は私。

ゴールドに輝く私のそれは、ずいぶんと前から大変便利な身分証へとなりかわっている。